インタビュー

「自分の葬式には、誰も来ないと思っていた」生前葬で見えた、これから誰とどう生きるか

「自分の葬式には、誰も来ないと思っていた」生前葬で見えた、これから誰とどう生きるか

「自分の葬式には、誰も来てくれないと思っていたんです」

そう話すのは、2026年6月9日に自身の生前葬を行った前田伊織さんです。

大阪市内の神社で行われたその生前葬は、一般的なお葬式のイメージとは大きく異なるものでした。

ドレスコードはヒョウ柄。会場には前田さん自身が制作した「結び」の作品が飾られ、DJによる音楽が流れます。前田さんは大きな結びの作品を自らほどき、それを「人生の幕を閉じる」ことになぞらえました。

前田さんと縁のある69人へのインタビュー映像が流され、参加者の手で死装束を完成させ、最後には、それぞれが「成仏させたいこと」を燃やします。

一般的な葬儀が持つ静けさや悲しみとは少し違い、そこに流れていたのは、企画のテーマでもある「歓喜と祝福」でした。

この生前葬を発起し、企画を統括したのが山本真也さんです。

山本さんは株式会社エクスセンスで、マーケティングやセールスプロモーションの仕事を手掛けています。その一方で、感性や遊び心に振り切った活動を行うための看板として、自ら「スタジオ紙一重」を立ち上げました。

スタジオ紙一重で取り組んでいるのは、生前葬をはじめ、その人の人生の1ページとして忘れられない「オリジナルの通過儀礼」を設計し、実行することです。

なぜ、生きているうちに自分のお葬式をするのでしょうか。

実際に生前葬を経験すると、人生や人間関係にはどのような変化が生まれるのでしょうか。

山本さんと、生前葬の主役となった前田さんに話を聞きました。

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「記録」よりも「記憶」に残るものをつくりたい

山本さんはこれまで、ウェブマーケティングをはじめ、数字と向き合う仕事に長く携わってきました。

アクセス数や問い合わせ数、売上。数字を見ながら改善を重ね、より良い成果へとつなげていくことは、マーケティングの基本でもあります。

一方で、仕事を続ける中で、山本さんには別の問いも生まれていきました。

「数字が良くなることは、もちろん仕事としてはうれしいです。でも、人生全体で見た時に、自分にとって本当にうれしいことって何なんだろう、と考えるようになりました」

AIが身近になり、以前であれば時間をかけて調べていたことも、短時間で答えにたどり着けるようになりました。社会全体が効率化され、「正解」へ早くたどり着くことの価値は、これからさらに高まっていくかもしれません。

そんな中で山本さんが大切にしているのが、すぐには答えが出ないことや、数字では測れなくても、後になって何度も思い出すような体験です。

「記録よりも、記憶に残ることを大切にしたいと思っています」

スタジオ紙一重が掲げるテーマの一つが、「歓喜と祝福」です。
山本さんが考える人生の節目は、結婚や葬儀のように、社会の中ですでに名前がついているものだけではありません。

何かを始めること。
長く続けてきたものをやめること。
知らない土地へ旅に出ること。
誰かと対話し、それまでの考え方を手放すこと。

そうした一つひとつも、その人にとって人生の流れが変わる転換点になり得ます。

だからこそ、その節目をただ通り過ぎるのではなく、一度立ち止まり、自分にとってどんな意味を持つのかを確かめてみる。必要であれば、そこに場や企画をつくり、その瞬間を本人や周囲の人にとって忘れられない時間にしていく。

山本さんは、人生の転換点にある人や出来事に関わりながら、その時々に必要な形を一緒に考えています。

今回の生前葬も、単にお葬式を生きているうちに行うというものではありません。前田さんの人生に一度区切りをつけ、その先をどう生きるのかを考えるための、大きな転換点としてつくられていきました。

父の急死で感じた「自分たちで選んだ感覚がない」

生前葬を実際に形にしようとした背景には、山本さん自身の経験も大きく関わっていました。

一昨年、山本さんのお父さまが突然亡くなりました。前日まで元気だった中での、予期せぬ別れでした。

心の準備ができないまま、通夜や葬儀の準備が始まります。親戚や地域の人たちにも支えられ、葬儀そのものは無事に終えることができました。

しかし、しばらく経った後、山本さんはある違和感を抱きます。

「とても大事な時間だったはずなのに、ほとんど何も覚えていなかったんです」

葬儀社が用意したプランがあり、地域の慣習があり、その中から短い時間で選び、進めていきます。

決して葬儀そのものに不満があったわけではありません。

それでも、「自分たちで考えて、選んだ」という感覚はあまり残らなかったといいます。

さらに、葬儀にはまとまった費用もかかります。人の死は突然訪れる一方、その直後から、残された人たちは多くの判断を迫られます。

本来のお葬式には、故人を送り出すだけではなく、残された人たちがつながり直すという役割もあるはずです。

それほど大切な時間ならば、本人もそこにいるうちに考えてもいいのではないか。

「生きているうちに、やってしまってもいいんじゃないかと思ったんです」

いつ死ぬのかは分かりません。

だからこそ、生きているうちに自分の人生や死について考え、やり切っておく。

山本さんはそれを、「最高の死に様をデザインする」と表現します。

「いいやん、それ。やりたい」

とはいえ、最初から今回のような大掛かりな生前葬を計画していたわけではありません。

山本さんが仲間と話している中で、冠婚葬祭のようにすでに形式が決まっているものを、もっと自由に捉え直してみたら面白いのではないか、という話になりました。

離婚式や生前葬もやってみたい。

そんな会話の中で、ふと出てきた「生前葬」という言葉に反応したのが、前田さんでした。

「いいやん、それ。やりたい」

二人が出会ったのは10年以上前です。起業塾の先輩・後輩という関係でした。

一度、関わりが少なくなった時期を経て、約3年前、前田さんがそれまで続けてきた仕事を大きくリセットした頃から、再びプロジェクトを通じて関わるようになりました。

前田さんは大使館勤務やイスラエルでの生活を経験した後、大阪・アメリカ村でアパレルショップを10年間経営。その後は女性向けの起業コンサルタントとして10年間活動し、多くの起業家を支援してきました。

一家の大黒柱として家族を支えながら、ビジネスにも没頭してきました。

身体が悲鳴を上げていても、仕事を止められない。病気を経験し、命を意識する状況になっても、走り続けた時期があったといいます。

しかし、やがてその生き方にも限界を感じるようになります。

仕事で成果を出しても、その先に見えてくるのは、さらに大きな数字でした。

2023年、前田さんは10年間続けてきた起業コンサルタントとしての活動をすべて手放します。

そこから始めたのが、社会の正解や未来の計画を優先するのではなく、「今、自分がときめくこと」を選んでみる生き方でした。

現在、前田さんはそれを「ときめきに全振りする」と表現しています。

「私の葬式には、誰も来ない」と思っていた

実は、前田さんにとって「生前葬」は突然出てきたテーマではありませんでした。

小さい頃から、なぜか自分の葬式について考えることがあったそうです。

ただ、それは「こんなお葬式をしたい」という前向きな想像ではありません。

「私の葬式には、誰も来てくれへんと思っていたんです」

自分が亡くなった時に、来てくれる人がいるのだろうか。

自分は、この世界で誰かとつながって生きているのだろうか。

そんな感覚を、長く抱えていたといいます。

だからこそ、生きているうちに自分自身のお葬式に立ち会うことは、前田さんにとって単なるイベントではありませんでした。

自分は誰とつながってきたのか。

自分が生きたことで、誰かに何が残っているのか。

そして、これから誰と生きていきたいのか。

それを自分自身で確かめる機会でもありました。

「死ぬとは何か」から、11人で考えた生前葬

当初、山本さんは、一般的なお葬式を少しアレンジするような形を想定していたといいます。

ところが、前田さんや仲間たちと対話を始めると、簡単には形が決まりませんでした。

そもそも死とは何なのか。

なぜ人は葬式をするのか。

信仰とは何なのか。

誰かを送り出すとは、どういうことなのか。

「ひたすら死や葬式、死生観について話していました」

答えのない問いについて対話を重ねるうちに関わる人も増え、最終的には約11人の運営メンバーが参加するプロジェクトになりました。

誰かが完成したプログラムを提供するのではありません。

前田さんを中心に、一人ひとりが考えながら、その場をつくっていきました。

山本さんが使う「面白い」という言葉にも、独特の意味があります。

「僕にとっては、ちょっとギリギリを攻めているとか、ヒリヒリする感じが面白いんです」

先が分かっているものを予定通りに進めるのではなく、何が起こるか分からない場所へ踏み込んでいく。

「スタジオ紙一重」という名前にも、そんな姿勢が表れています。

生前葬を通して見えた、人間関係

生前葬への受け止め方は、人によってさまざまでした。

「何をするのかよく分からないものには参加したくない」と距離を置く人もいれば、生きている人がお葬式を行うことを、「生きることを諦めているように感じるから嫌だ」と受け止める人もいたといいます。

一方で、「よく分からないけれど面白そう」と飛び込んでくれる人もいたそうです。

その過程で前田さんが気づいたのは、人間関係の長さと、大切なものを分かち合えるかどうかは、必ずしも一致しないということでした。

長く付き合ってきた人であっても、自分が大切にしていることを共有できるとは限りません。反対に、一度しか会ったことのない相手でも、自分が大事にしているものを一緒に面白がってくれることがあります。

「自分が大切にしているものを、誰と分かち合って生きたいのか」

生前葬を準備する時間そのものが、それを知る機会になっていきました。

山本さんも、運営メンバーについて「親戚みたいな関係になった」と話します。未知のものを一緒につくり、一つの場を共有したことで、それまでとは違うつながりが生まれました。

生きているから、「自分がどう生きたか」を聞ける

当日のプログラムの一つに、前田さんと関わりのある69人へのインタビューをまとめた映像がありました。

もし、前田伊織さんが本当に亡くなったとしたら、何を伝えたいか。

本来のお葬式なら、そこで語られる言葉を本人が聞くことはできません。

しかし、生前葬なら聞くことができます。

自分が誰かにどう記憶されているのか。

自分が生きてきたことで、誰かの中に何が残っているのか。

前田さんにとっては、自分の人生の「通知表」を見るような感覚でもあったといいます。

それは、決して気楽な体験ではありませんでした。

自分のお葬式に何人が来るのか。

誰が来てくれるのか。

誰が来ないのか。

それを、生きたまま目の前で見ることになります。

しかし、実際に生前葬を迎えた前田さんが感じたのは、かつて「自分の葬式には誰も来ない」と考えていた頃とは違う感覚でした。

「人は一人だけれど、一人ではない」

生前葬を通して得た、大きな実感の一つだといいます。

生前葬は、一日で終わらなかった

生前葬を経験したことで、山本さん自身にも変化がありました。

死と深く向き合い、自分の人生にとって本当に大事なことが何なのかに気づいたことで、生き方や日常の選択も変わったといいます。

前田さんにも、生前葬の後に新しい動きが生まれました。

ビジネスに没頭し、仕事を成立させることに多くのエネルギーを注いできた生活から、現在は創作にも大きく時間を使っています。

紐を結びながら作品をつくり、短期間に数十点を制作するほど没頭したこともありました。

また、生前葬をきっかけに、血縁や先祖とのつながりにも意識が向くようになりました。

実家を、家族や親族、仲間たちが集まれる場所へと変え、生前葬から69日後には仲間たちと「69日」の法要も行いました。

生前葬は、6月9日の一日だけで完結したイベントではありませんでした。そこで生まれた問いや感覚は、その後の暮らしや人との関わり方にも続いています。

「命の感覚」を研ぎ澄ますこと

お二人と話していて感じたのは、「死」というテーマを特別なものとして遠ざけず、自分たちの日常や生き方として捉えていることでした。

そこで、死や命について考える二人が、日々どのように自分自身の感覚と向き合っているのかも尋ねました。

山本さんにも、以前は仕事に追われ、自分の感覚的な部分を我慢していた時期があったといいます。

社会から求められるものに応えようとするほど、自分自身が本当はどう感じているのかが分からなくなっていく。

「感覚的な部分をずっと押さえていたところがあったんだと思います」

その経験から今は、自分の感覚を見失わずにいるために、意識して普段とは違う場所に身を置くことを大切にしています。

その一つが、旅です。

行ったことのない土地へ行き、その場所の空気や、自分なりに感じる「土地のエネルギー」に触れる。普段とは違う環境に身を置き、自分が何を感じるのかを確かめます。

前田さんが続けているのは、筋力トレーニングです。

仕事中心だった頃には弱っていた身体を立て直すため、約3年間、週2回、コーチをつけてトレーニングを続けてきました。

今では、胸の筋肉を自在に動かす、通称「マッスルルーレット」ができるほどになったそうです。

思わず笑ってしまうエピソードですが、前田さんにとって、身体を鍛えることは単なる体づくりではありません。

身体と精神がつながっていることを、筋トレを通して実感しているといいます。

旅に出て、知らない土地で自分が何を感じるのかを確かめる山本さん。身体を動かし、その変化を通して自分自身と向き合う前田さん。

頭で考えた「正解」だけで物事を決めるのではなく、自分の中で実際に起きている感覚にも目を向ける。

そうした日々の積み重ねもまた、死や命を遠いものとしてではなく、自分自身の問題として考えていくことにつながっているのかもしれません。

生前葬も、その延長線上で、自分の命やその使い方を改めて見つめる機会になったのでしょう。

生前葬は、家族で「死」を話す入口にもなる

生前葬には、こうした内面的な変化だけではなく、現実的な意味もあります。

その一つが、家族で死について話すきっかけになることです。

少子化が進み、一人の子どもが親の葬儀や死後の手続きを担うケースも増えていきます。

葬儀にはまとまった費用がかかる場合もあります。

親が亡くなってから突然、どのような葬式にするのか、誰を呼ぶのか、どこまで費用をかけるのかを判断するのは、残された側にとって大きな負担になります。

山本さんは、生前葬などを通して本人が元気なうちに自分の死について考え、本当に亡くなった時には、残された側が最小限の手続きで送り出せる状態をつくっておくことも、一つの考え方ではないかと話します。

前田さん自身も、生前葬をきっかけに家族や親と死について話しやすくなり、コミュニケーションが変わったと感じています。

生前葬といっても、今回のように大勢の人を集める必要はありません。

家族だけで食事をしながら、自分がどんなふうに人生を終えたいのかを話してみる。

それもまた、生きているうちに「死」を自分のものとして考える一つの方法なのかもしれません。

生前葬に、決まった形はない

山本さんと前田さんは、生前葬には正解がないと考えています。

今回のように音楽や作品、儀式を組み合わせ、大勢の人を巻き込む形もあれば、親しい人たちだけで食事を囲むような形もあり得ます。

大切なのは、規模や形式そのものではありません。

自分はどう生きてきたのか。
誰とつながってきたのか。
残された時間をどう過ごしたいのか。

それを、本人自身が考えることです。

やっても、やらなくてもいい。でも、やるには勇気がいる

そして印象的だったのは、二人とも生前葬を「やるべきもの」として捉えていないことでした。

やってもいいし、やらなくてもいい。やりたいと思った時にやってもいいし、一度きりでなくてもいい。

一方で、生前葬には相応の勇気も必要です。

自分の葬式に誰が来るのか。自分が周囲の人にどう見られてきたのか。どんな言葉をかけてもらえるのか。本来なら自分がいなくなった後にしか分からないことを、生きているうちに目の前で受け取ることになります。

前田さん自身も、やる前には「自分の葬式に誰も来なかったらどうしよう」という怖さがあったといいます。それでも実際に経験した今は、「みんな生前葬をやった方がいい」と話します。

もちろん、やるかどうかは本人次第です。けれど、少しでも気になったり、「やってみたい」と心が動いたりしたなら、その感覚を大切にしてみてもいい。

それだけの勇気を使ってでも、自分がどう生きてきたのかを、生きているうちに確かめられる。そこに、生前葬ならではの価値があるのかもしれません。

同じ生前葬を、繰り返すつもりはない

山本さんは今後、生前葬を同じ形式で繰り返していくことは考えていません。

「同じことばかりやっていると飽きてしまう」と笑う山本さん。スタジオ紙一重で大切にしているのは、決められた型を提供することよりも、その人やその時々に応じて、何が必要なのかをゼロから一緒に考えることです。

生前葬についても、本気で自分なりの形をつくりたいという人がいれば、そのプロセスを一緒に考え、支えていきたいと話します。

編集後記

「生前葬」と聞いた時、私は最初、どこか大胆で、特別な選択をする人のためのものなのだと思っていました。

実際、今回の生前葬は、ヒョウ柄を身につけ、DJが音楽を流し、参加者みんなで死装束をつくるという、かなり印象的な一日です。

けれど、お二人の話を聞いて感じたのは、そこに至るまでの考え方は、思っていた以上に現実的で、筋道の通ったものだったということでした。

山本さんには、突然亡くなったお父さまの葬儀を経験し、「こんなに大切な時間なのに、自分たちで選んだ感覚がほとんどない」という違和感がありました。

前田さんには、長くビジネスに没頭し、病気も経験する中で、それまでの生き方を一度すべて手放した時間がありました。

家族に何を残すのか。誰と生きたいのか。限られた時間を何に使うのか。自分の死を、どこまで自分で考えておきたいのか。

そうした問いを一つずつ考えていった先に、「生きているうちに葬式をする」という選択があったのだと思います。

もう一つ、お二人との話で印象に残ったのは、「命」について考えることを、特別な場面だけの話にしていないことでした。

日々の仕事や人との関わり、何を選び、何を手放すのか。その一つひとつに、自分の時間とエネルギーを使っています。

だからこそ、「自分は本当にこれに命を使いたいのか」「ここに全力を注ぎたいのか」と、自分の感覚に問いかけながら選んでいくことが大切なのだと思います。

生前葬は、その問いを強く意識するきっかけの一つだったのかもしれません。

生前葬という強い言葉の先にあったのは、死を特別なものとして扱うことではなく、日々の選択を自分のものとして引き受けていく姿勢でした。

死を考えることは、生を大げさに語ることではありません。自分に与えられた時間を、誰と、何に使っていくのか。その選択を、死という特別な場面だけに切り取るのではなく、普段の暮らしの延長として考えていくこと。そしてある人にとっては、そうした感覚を、日々の中で少しずつ自分の手に取り戻していくことなのかもしれません。